今日は塾講師の独り言です。
きっと私だけでなく、ニュースを目にする人みんなが滅入っているに違いない。っていうか、そうだと信じたい。
あんなニュースばかりが続いて、やっぱりどこか「変」。
「変」は、私もよく見ているニュース番組の今年のテーマらしいですが、やっぱりおかしいです。

 本当は、もう押し付けがましいのも嫌だし、黙っていようと思ってました。でも、某方の日記を見て少し安心できたというか、気持ちが固まったような気がしたので、書いてみました。

 結構長いです。そしていつものごとく、辛口かもしれません。
そして、まとまりがありません(滝汗)
 中津川の事件、母殺し未遂事件、そして今日新聞で見た「先生に叱られてむしゃくしゃして」高齢者を殺した事件・・・。
若年層の事件が止まりません。でも、私は残念ながらまだまだ続いていくような気がしてならないのです。

 実はここ最近、私自身の考え方を切り替えるようになりました。以前までは、間違っていることをどうにか直して欲しいと、他人に向かって、分かって欲しいという気持ちがとても強かった。若い時はそれが強すぎて、押し付けがましくなったこともありました。ブログに書いて、反発をもらったこともありました。
 連日報道されるニュース、旦那から聞く身勝手な親の話、全てに対して、怒ってました。日々がそんな状態で。こういった事件が続くたびに「どうしてこんなことになったのか?」と考えてしまうわけです。子育てしてる人には考えて欲しい・・・と、思ってしまったり。でも、私には何が出来るわけでもない。たかが5年程度勉強を教えているだけの、子育てもしたことのない人間が、何も知らないくせに偉そうに。ちっちゃな塾で教えているだけの身で。
 そういった気持ちのやるせなさとの狭間で、時には、私の考えは間違ってるのか。現代には、思いやりとか優しさとかそんな物は古い物となってしまっているのか。そんな古い物に固執している私のほうがおかしいのか?と、どんどん落ちていくことも少なくなく・・・。この仕事をしている意義さえも分からなくなることも多々ありました。今でも時々あります。
 
 でも、最近は「他人を変えるエネルギーが無駄だ」と考えるようにしています。十分人格が出来上がっている人間に、何を言っても通じない時は、言葉は悪いけど諦めるしかない。自分がそれをしなければいい。そして、自分の手の届く範囲で、時代が変わっても無くしてはいけないことを伝えていけばいいんだ、と。…正直、そう思わなければ自分が壊れてしまいそうになるのです。やってられないって気分です。
 ちょうど殺された子、殺した子と同年代の生徒達を教えていますけど、もうまるで自分の子のようです。この子達の命と人生を守らなければならない、と思い、何かの形で伝えていかなければと思ってます。
 私が今でも通うピアノ教室には、もっともっと小さな子達も通っているんですが、御年70歳を超えるピアノの先生は、「今の世の中には地獄と極楽がある。地獄に居る人達に引きずりこまれないように、騙されないように賢くなれと、命を奪われないようにしろと、言わなければならない時代が来た」と眉をひそめて悲しそうに話してました。本当にやるせない時代です。

 社会ってそんなに甘くありません。簡単にお金を稼げるなんてことは決して無い。悪いことでもしない限り。そして、自分の思い通りになることも少ない。そんな中を泳いでいくことが自立して生きるってことですよね。その道のりは決して平坦ではないし、溺れそうになることもある。
 でも、こういった事件が増えていることや、現状の中高生を見ていて、そんな社会を一人で渡っていけるのかな?と不安に思わざるを得ません。本当に脆い子が増えてます。自分をコントロールできない子供が大人になることなく社会に出て、太刀打ちできるはずは無いですから。自分が悪いことをして怒られたのにそれを逆恨みする。これはれっきとした「体だけ大人で中身子供」です。
 「まだ中学生だから」っていう見方で私は見ていません。中学生でも、しっかりと自分を持って自分の足で歩き始めている子はいるからです。本当はそうできるはずなんです。歩き始める時期の個人差はあるけれど、そういった「芽」をもった子供は接していれば分かります。どれだけ時代や世の中が変わっても、しっかりとした土台がある人が立派な人間なんじゃないかな。自分がどういう人間であるか、何をして生きていくのか分かっている人のことを「成功した人」と言うんじゃないかしら。決して「お金持ち」のことを指すんではないと思います。

 私が「まだまだこういった事件が続く気がしてならない」というのは、残念なことにこういった「土台のある子」が減っていると感じるからです。お金をわざわざ払って来ているはずの、任意で来てるはずの塾でさえ、こういう土台が無い子が増えてるんだから、学校ではどうなっていることか…。土台は、家庭環境で作られます。まさに、母親から父親から与えられる、決して物質的な物ではない、精神的な愛情がそれを支えていると思うんです。ここでいう愛情は、「甘やかし」のことではもちろん無いです。本来の愛情、それが揺らいでいるっていうことだとすれば、まだまだ終わらない、低年齢化してもおかしくはないのかもしれない。
 最近では子どもの給食費を払わない親が10%近くいると耳にしました。それで、高級な車で送り迎えをしていたりする・・・本末転倒と言う他ない。大人がこれでは、土台なんて作られるはずはないです。給食費が払われず赤字になって、仕方なく材料費を落として質を下げているという、教委のやり方もどうかと思うけども。なんで真面目に払っている家の子どもが巻き添えにならなければならないのか。「真面目は損」だなんて価値観を植えつけることになるだろうに・・・。

 ちょうど私の年代は、これから子育てをしたり、子どもを持つことになる可能性がある年代。しっかりとした土台作り。これを胸にとめて、私のやるべきことをしなくては。周りは関係ない。他人がどうではなく、私がやるか、だ。

 少なくとも、私と同じような思いでいる人が周りに居てくれることを本当に心強く思います。こう思っているのが私だけではないということに、ありがたみを感じずにいられない。それでいいんだよね。


 Sさんこんなのでトラバしてごめんなさいね。
でも、事件についての考えを知って、本当に嬉しかったのです。
喜んでいる場合ではないけれど、でも、Sさんが感じていることに同調できてとっても勇気をもらった気がしたのです。
いつもいつもありがとうvv
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Cappriccioso(カプリチオーソ:気まぐれ)ブログです。
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