許婚解消から5年の月日を経て、2人は出会い新しいスタートをきりました。
5年という長いブランクを埋め、本当に結ばれる日が来るのでしょうか。
「時は流れても」続編、”桜湯” 始まりです。
「んー…、今日もいい天気!さあ、はりきって朝食の準備よ!」
あかねは朝からとても元気が良かった。最近までこんなに清々しい気持ちになったことはない。
ふと、自分の机の上に置いてある数冊のアルバムに目が行き、パラッと1ページめくってみる。そこにはまだおさげ髪だったころの乱馬が写っている写真があった。
(ふふ、懐かしい。ずいぶん子供っぽく見えるなー。性格は相変わらずだけど。)
写真を見つめるあかねの顔からは、知らず知らずのうちに笑みがこぼれていた。そして、ぱたっとアルバムを閉じると、朝食の準備を始めるために1階に下りていった。
あかねは5年前、乱馬のことを忘れるためにアルバムから彼の写っていた写真を全て抜き取って、箱に閉まっていたのだ。本当は全部捨ててしまうはずだった写真。でもどうしても捨てることができなかったのだ。そしてそれを箱の中にしまって机の引出しの奥に、ずっと開けることなく置いていたのだ。それを昨夜、あかねは徹夜で新しいアルバムに貼りなおした。普通にやれば15分くらいで終わる作業なのに、写真を手にとるたびに、その時のことを思い出しては浸っていたので2時間もかかってしまったのだ。たくさんある写真は、どれもあかねにとって思い出深いものばかりだから仕方ないのだろうけど…。そしてアルバムの空いているの部分は、これから先、大人になった2人が仲良く写った写真が多く貼られていくに違いない。
朝食を済ませたあかねは、友人らと会う約束があるからと言って出かけていった。
友人らとの待ち合わせはお昼からなのだが、その前になんとなく乱馬の顔が見たくなってしまったのだ。まだ朝の9時なので、もしかしたら乱馬は部屋にいるかもしれない。アルバイトしている道場に出掛けてしまう前に、少しだけでも会えるなら…。あかねはそう思うと少し歩くペースが早くなっていた。
(来ちゃった。まだいるよね?)
乱馬の部屋のドアの前で少しドキドキしながら呼鈴に指を伸ばすあかね。
少しの間の後、ガチャっとドアが開いた。
「…あかね。何だよこんな朝っぱらから。」
まだ眠たそうな顔でそう言う。あかねは、せっかくここまで来たと言うのに、そんな迷惑そうな言い方をされたことがとても不満だった。もうちょっと自分が来たことに対して、喜んでくれるんじゃないかと期待していたのに…。乱馬とではドラマや少女漫画のような恋愛は無理なのかもしれない。そう思うと少しがっかりしてしまった。
「うん、今日友達とこれから待ち合わせしてるんだけど、まだ時間があるからちょっと寄ってみたの。」
本当は乱馬に会いたいから早く家を出てきたのだが、それは絶対に言わないようにした。
とりあえず部屋の中に入ってみるが、相変わらず殺風景な部屋。でも、あの時この部屋に来なかったら、今の幸せな自分はここにいなかったはず。本当だったら今日が結婚式だったのだ。
「相変わらず何も無い部屋ねー。で、もう出掛けるの?」
「ふん、別に不便してねえし、これでいいんだよっ。あっ、もう出ねえとやべえな。」
そう言うと乱馬はダンボールの箱の中をガサガサあさり始め、そして何かを手にすると、あかねの方に向き直りシュッとそれを投げた。あかねは上手くキャッチすると、手を広げそれを見た。
「鍵…。」
「部屋のスペアキー。俺もう行くから、お前帰るときそれで玄関の鍵閉めてけ。」
そう言うと、バタバタと急いで飛び出して行ってしまった。
お前が持ってろ、とそこまでは口にしない乱馬であったが、実質それと同じことなので、あかねはちょっと嬉しくなった。そして、さっそく自分の家の鍵をつけているキーホルダーに乱馬の部屋の鍵も取り付け、そのキーホルダーを目の高さまで掲げて嬉しそうな顔をして眺めていた。
あらためてゆっくりと部屋を見渡す。
何も無い部屋だが、そこはやっぱり乱馬の部屋だけあって、ものが片付けられずそのままになっていたりする。あかねは自分の部屋を片付けるような気分で掃除をし始めた。
(なんか新婚さんって感じがするなー。)
結婚前の女の子だったら誰もが抱く新婚像。愛する旦那さまのために、料理を作って、洗濯、掃除などなど…。今のあかねもまさにそんな気分に浸っていた。ふと、先ほど乱馬がスペアキーを探していたダンボール箱に目がいき、中を覗いてみると、そこにはどこにしまっていいのか分からず、その中にポンと入れたというようなものばかり入っているようだ。
(乱馬ったら整理整頓って言葉を知らないんじゃないかしら。)
呆れたようにあかねは箱の中のものを見ながらそう思っていた。
!
「これって…」
あかねは箱の中にあった少し大きめの封筒を取り出した。中には写真が何枚か入っている。どれもあかねの知らない間の乱馬の姿が写っている。その中の1枚手にとって眺めるあかね。
胴着姿の子供達と一緒に写っている写真…。
きっと道場で幼児達にアルバイトで格闘を教えているにちがいない。写っている彼は笑顔が生き生きしてる。
空白の5年間、こうやって写真で見ると、本当に自分は乱馬のことを何も知らないんだなと痛感する。本当は自分もこの時間を共有したかったのに、と寂しく思うあかねであった。
友人らとの待ち合わせ時間。あかねは駅前で友人と落ち合う。
友人たちは”結婚取りやめ騒動”の事の真相を知らないので、かなりあかねに気を使っているようであるが、当のあかねはもちろん元気である。それが友人らには、空元気に見えて仕方ないのだ。まあ、まだ誰もあかねが本当に好きな人と付き合い始めたから結婚を辞めたなんて知らないのだから、周りの人が気を使うのは仕方がないことである。まさか、結婚をやめたから、こんなに元気なのだとは誰も思わないだろう。
「おーい、あかねーっ!」
突然あかねを呼ぶ声に、3人同時に声がした方に振り帰ると、そこには乱馬が立っていた。
「乱馬!どうしたの?」
「あのよー、ちょっと手伝ってもらいたいことがあんだけど…。」
「えっ、今から?でも…」
あかねは友人らのほうを見て、どうしようか迷っている様子である。今日は特に用事で集まっているわけではないのだが、せっかく友人らがさそってくれたのに、その友人らを置いて帰るのも気が引ける。
と、友人2人はあかねの手をひっぱりヒソヒソ話を始めた。
「ちょっと、あかね。あの男の人誰なのよー。もしかして新しい彼?超イイ男じゃない!もう、私たちに気を使わないで、行ってきなさいよー。また今度みんなで食事でも行きましょ。」
「…うん、ごめんね、そうする。あっ、で、でも彼とかじゃないから。」
あかねは恥ずかしさのあまりか、乱馬のことを彼じゃないと言ってしまった。
友人らと別れて乱馬の後をついて行くあかね。
「どこに行くの?」というあかねの問いに、乱馬は「アルバイト先の隣町の道場」とぼそっと言うだけであった。終始無言でズンズンと歩く乱馬。実は先ほどのあかね達の会話が聞こえていたのである。自分のことを彼じゃないと言ったあかねに、ちょっとムカついていたのだ。そんなこととは露知らずあかねは首を傾げていた。
「ねえ、何怒ってんのよ。」
「別に何でもねえよ。」
そんな調子で気まずい雰囲気を漂わせたまま、目的地の道場に到着した。
そこはちょうど天道道場くらいの大きさの門構えの道場。少し小奇麗な感じもする。
中に入ると、道場ではなく台所に連れていかれ、ますますあかねの疑問が膨らんだ。
(いったい何するんだろう?)
あかねがそう思っていると、乱馬はいきなり水をかぶり女に変身した。
「何やってんの?」
「今から俺がクッキーを作る。お前は手伝い。」
そう言うと、らんまはさっそくクッキーの下地作りを始めた。やはり手際がいい。らんまの横でクッキーの型抜き等、簡単なことを手伝っているあかね。
「ねえ、何でクッキー作ってるの?しかもわざわざ女になんかなっちゃって。」
「ばぁ〜か。男がクッキーなんか作ったらヘンだろーが。お前に全部任せるのも心配だしなー。これはな、今日習いに来る子供達に出すおやつなんだよ。いつもここの道場の奥さんが作ってるんだけど、今日体調くずしちゃって。俺一人じゃ無理だしな。で、お前に手伝ってもらってんだよ。このクッキー、休憩のときに飲み物と一緒に道場に持って来てくれよな。」
「何よ、心配って!失礼ね!でも、分かったわ。休憩の時に持って行けばいいのね?」
(そっかー、きっとあの写真に写っていた子供達がそうなんだ。)
あかねは今日乱馬の部屋で見た写真を思い出していた。
15時くらいから子供達が集まりだした。幼稚園が終わってからの習い事なのだろう。あかねは道場の外から中の様子をそーっと覗いていた。人数は10名くらいだろうか。まだ可愛らしい子供達ばかり。
「あっ、女の子もいるんだー。こういうの習わせる親っているのねー。」
あかねは自分が小さい頃からやっていたものだから、この女の子に自分の幼少の頃の姿を重ね合わせてみていた。
乱馬はというと、それなりにがんばって教えているようである。乱馬自体性格が子供っぽいところがあるので、子供達も友達感覚でなついている様子。傍から見てても和気藹々としていて、良い先生っぷりを発揮している。
そうしているうちに休憩時間になったので、あかねは急いで飲み物とおやつを道場に運んだ。
「よーし、休憩だ。」
乱馬が一声そう言うと、子供達は一斉にあかねの周りにむらがっていった。
「やったー!わー、クッキーだぁ!」
「はい。順番ね。」
あかねは一人一人に飲み物とクッキーを渡した。すると、1人の子が大きい声で乱馬に質問をした。
「ねー、乱馬せんせー。このお姉ちゃんだあれー?」
乱馬は少し考えてからこう答えた。
「あかね先生だ。先生は凄いんだぞー。」
そういうと、どこからともなくブロックと瓦を持って来て積み上げている。ゆうに瓦の枚数は10枚ってとこであろうか。
「じゃ、今からあかね先生がこの瓦を素手で割るぞ。よーーく、見てろよ。」
乱馬は少し含み笑いをしながらそう言った。あかねはギロッと乱馬のほうを見ながら、なんで自分がそんなことやらなきゃいけないのか、と小声でブツブツいっていた。
しかし、子供達が「早く見せてー」と言ったので、あかねは仕方なしに瓦の前に立った。
気合を入れ集中。
「ハッ!」
声と共に振り下ろされた手で、10枚ほど積まれていた瓦は全て真っ二つになっていた。
「おぉーーーっ!あかね先生すごいや!」
あっという間に、あかねは子供達の人気者になり、子供達に囲まれていた。
もしかしたら、自分をを子供達と仲良くさせるために、乱馬が考えてそうしたのかもしれない、とあかねはチラリと乱馬を見ながらそう思った。
その日はあかねの手伝いもあってか、無事に終わることが出来た。
道場の門の前で、子供達一人一人に挨拶をして帰宅させる。みんな元気に「さよーならー」と言って手を振りながら帰っていく。だが、1人だけあかねに挨拶しないでソッポを向いている子がいた。それは唯一の女の子の生徒。どうやら、乱馬のことが好きらしい。だから乱馬としゃべるあかねにライバル心を子供ながらに抱いていたのだ。あかねは自分がその女の子に快く思われていないというのが分かったのだが、女の子に向かって笑顔で優しく「さようなら。」と挨拶をした。すると、女の子はあかねをキッと睨んで一言だけいった。
「乱馬せんせーには、ちゃんと恋人いるんだから!」
女の子はぷいっと背を向けて走り去っていってしまった。
あかねはキョトンとして走り去る女の子を見つめていたが、その子の言ったことなんて子供の戯言とばかり全然気にも留めていなかった。
「どうかした?」
「ううん。何かあの子にすっごく嫌われちゃったみたい。」
「そっかぁー?おめー、今日ヒーローだったじゃん。」
「ヒロインの間違いでしょ!それにあんたが勝手にやらしたんでしょーが。」
「まあまあ、済んだことはしょーがねえじゃん。それよか、腹減った。何か食いに行こうぜ。今日のお礼におごってやる。」
…あかねは一瞬考えた。
「あっ、夕飯私が作ってあげよっか。ほら、外食だと高いでしょ?ね。」
「えっ…作るってお前がかぁ?」
「何よ、その言い方!気分悪いわね!ね、いいでしょ?」
「うー、まあ、いいけど。」
あまり乗る気のしない返事であったが、内心ちょっと嬉しい乱馬であった。
あかねもどうしても乱馬の部屋で夕食を作りたかったのだ。なんだか新婚さんみたいで、こういうことに憧れてたのだ。
――乱馬の部屋。
鼻歌まじりに料理しているあかね。なんだかとっても嬉しそうである。
それを見つめる乱馬も、なんだか嬉しい気分。
だが、どうしてもあかねの料理に口を挟まないと気がすまない。乱馬の口から一言何か文句が出れば、毎度のように賑やかな食卓になるのである。今日も食べ終わるまで賑やかなディナーであった。
「あー、食った食った。今日のは美味かった。」
「今日のは?乱馬は一言多いのよ!まったく。」
あかねはブツブツ言いながら食器を片付けている。いつも一言多い乱馬だが、作った料理を全て食べてくれて、あかねはなんだかとっても気分がよかった。
「なあ、家に帰らないとおじさん心配してないか?」
食器の片付けが終わる頃、乱馬がそう言った。
「今日は友達と夕飯済ませてくるって言って出掛けてきたから大丈夫よ。でもこれ片付けたら帰るね。」
片づけを終え、帰りの身支度をしてあかねは玄関に向かう。
!
と、急に腕を掴まれあかねはバランスを崩したが、気付けば乱馬の腕の中にすっぽりおさまっていた。
「もうちょっと、ここに居ろよな。」
あかねは自分の胸の鼓動が速くなるなるのが分かった。昔より積極的になった乱馬が男らしく思える。そして何よりも嬉しいのは、こうやって自分を求めてくれること。乱馬になら心も身体も全て委ねることが出来る。
――普段はガサツで無神経なヤツだけど、本当は優しくて自分のことをとても大切にしてくれる。
あかねはそんな乱馬が大好きだ。
もちろんベッドの中でも自分を大切にしてくれる気持ちが充分伝わってくる。
だが、今日はなんとなく違う。
何でだろう?
少し意地悪されているような…。
「あかね、俺って彼氏じゃないんだってなー。」
乱馬がふて腐れたように言うと、あかねはハッとして昼間友人らに恥ずかしくて、乱馬のことを「彼じゃない」と言ってしまったことを思い出した。まさか、聞かれていたなんて…。あかねは慌ててあやまった。すると少し考えた素振りをしてから乱馬は答えた。
「しょーがねーなぁ。許してやるか。今度は彼氏って言えよ。」
「うん。」
(そっか、だから何となく意地悪だったのね。)
あかねは、彼じゃないと言ったことで怒っていた乱馬がちょっと可愛く思えた。それになんだかとっても嬉しい…。
その後はいつも通りの優しい乱馬。
お互いの肌に触れ、また愛を深めていく2人であった。
「遅くなっちゃったから、帰るね。」
「ああ。気をつけてな。」
「うん。」
幸せな時間を過ごした2人。別れるのが少し名残惜しい。
「なあ、今度の日曜日、朝からあいてる?」
「うん、あいてるけど。」
「じゃ、その日1日付き合え。朝6時に、ここに来いよ。」
随分早い時間からの約束だが、乱馬から誘ってくれたことに嬉しさが増す。
きっと、デートに連れて行ってくれるのかも、とあかねは即、快くその約束をOKしたのだった。
つづく…
桜湯(2)へ
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